芸術について語り合う楽しいひととき。
これがNさんとの初対面でした。意外なことにそれ以上は何も、
性的な話題に触れることすらなかったのです。
私達は夜の駅でNさんを見送りました。
彼はまるで長年の友人との別れを惜しむかのように
私とYの手をしっかりと握り、手に温もりと、やんわりとした笑み
を残して車上の人となりました。
今思えばおかしなことですが、正直にいえば、ほっとしたような、
拍子抜けしたような何とも言えぬ気分になったのも、Nさんと別れた
後に感じた感情であることも確かです。
自分達の方で性的な関係を抜きに、と求めておきながら、
何もないことに拍子抜けしたのですから、勝手な話です。
私とYは、電車で帰途につきました。
Yは未だに酔っているような、幸福感に浸っているような、
そんな様子で、私の肩にもたれかかって、夜の車窓をぼんやりと
眺めていました。
Yは素晴らしい芸術と出会った時はいつもこうなのです。
自分の中で何度も何度も素晴らしい感動を反芻し、噛み締めるため、
自分の内に籠もったようになって下界との接触が断たれたようになる
のです。
私はこのようなYには慣れっこだったので、ぼんやりと屈みようのように
車内を反射している車窓に映り込んだYの姿を眺めていました。
その夜、非常に珍しいことに、いえ、初めてYの方からセックスを求めて
来たのです。