2ntブログ

記事一覧

出会い9

Sさんは女性らしい細やかな気遣いの出来る方でした。

Nさんや私達のスーツの上着をハンガーにかけてブラッシングする
ことから始まり、お茶類の世話、照明や温度調整まで、ごく自然にやって
くれたのです。Yが手伝おうとしましたが、「久しぶりだから、
世話を焼かせてください」と、笑顔でやんわりと断って。

Yは私の耳に口を寄せ、素敵な女性ですね、と眩しそうに眼を細めました。

やがてSさんはNさんの隣に落ち着くと、Nさんが「あなたのことを話して
あげてください」と言いました。Sさんは頷くと、スマホで写真を見せてくれました。

それは26歳当時のSさん。ご主人と出会う前、受付嬢として
爽やかな笑みを浮かべている写真でした。
全体的に今よりもやや幼く、ふくよかですが、それでも美しい女性でした。

思わずYが、「素敵ですね」と感嘆しました。私も頷きました。

それを聞いたSさんは少し困ったように笑うと、
「これは私の最悪の時の写真です」と言ったのです。

私とYは困惑しました。
どう見ても満ち足りた生活を送っている、
素敵な女性にしか見えなかったのです。

Sさんは「最悪の時」について説明してくれました。
26歳当時のSさんは横浜の実家で父と共に暮らしていました。
母親はSさんが小学三年生の時に病でなくなっており、不幸な境遇のSさんを
思ったのか、父親は過剰なまでの愛情を注ぎました。
家事など、負担になりそうなことは全て自分が行い、Sさんには何もさせなかったのです。
そのせいでSさんは26歳になっても家事がまったく出来ず、洗濯すら父にやってもらうのが
当たり前。そのことに疑問すら持ったことがなかったのです。

その傾向に拍車をかけたのがSさんの美貌でした。
小学生の頃から一際目立つ美貌の持ち主だったSさんの周囲には、男が絶えませんでした。
何かあれば周囲の男性が代わってやってくれる。-決めてもらうのが当たり前という主体性のなさ。
その割りには自分が意見を言うことなくとも、相手が自分の意を汲んでくれないと不機嫌になる、
といった押しつけがましい引っ込み事案、というような困った性格になっていたのです。

そして、「自分で自分のことが割らない最悪の時」とSさんは呟きました。

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

mitsu

Author:mitsu
当サイトの著作権はmitsuにあります。
文章の無断転載、引用等はご遠慮ください。

カウンター

全記事表示リンク