話は熱海旅行の続きに戻ります。
次なる衝撃が私を襲ったのは、
ホテルにチェックインしたときの出来事でした。
その日、私達が宿泊するのは特別フロアでした。
昼前にホテルに到着した私達はポーターに荷物を手渡し、
上層階の特別フロア受付に案内されました。
そこでチェックインの手続きを行いました。
ゲストカードにはNさんがまず、N.N(Nさんの名字と名前)と記入しました。
そしてYにも記入するように促しました。Yは少し躊躇しましたが、N.Yと、Nさんの
名字と自分の名前を記入しました。
その時のコンシェルジュの女性の表情は忘れられません。
常識的に考えれば、私とYが夫婦で、Nさんをどちらかの父親だと
思うに違いありません。コンシェルジュの女性もそう思っていたので
しょう。ですが、さすがにプロ。すぐににこやかな微笑みを取り戻して
Nさん夫婦とは別室、私個人で宿泊する部屋の手配に取りかかりました。
午後の挙式に備え、私達はそれぞれの部屋に引き取りました。
私はひとりで部屋へ。YはNさんと同じ部屋へと。暢気に部屋を見聞する余裕など
その時の私にはありませんでした。私はNさんに指示されていた通りに礼服に着替え、
落ち着かない時間を苛々と過ごしました。
…やがてホテルの方が私の部屋に迎えにやってきました。
年配の女性従業員は、道々このホテルでは訳ありの挙式は珍しくないこと
を話しました。(どうやら不倫カップルなどが良く利用するようでした)
従業員は皆このようなイレギュラーな挙式に慣れているから気にすることは
ないと暗に言いたかったのでしょう。
ホテルで挙式をするといっても、所詮は真似事です。
ウエディングドレスの着付けを行い、それらしく飾ったスタジオで
撮影するものとばかり思っていました。
しかし、従業員はホテルを出て、敷地の側に広がる小さな森の小道を進みました。
心地良い森の空気の中、苔むした煉瓦の小道の先に目的の建物が姿を見せました。
そこにあったのは、煉瓦造りのこぢんまりとした本物の教会だったのです。
教会の中も、挙式の準備がぬかりなくされていました。
最奥部の十字架の下、教壇の左右には色鮮やかな花が飾られていました。
入り口から教壇へと真っ直ぐに続く花道にも、白いカーペットが敷かれ、
その左右はリボンが飾られています。
…無論、教壇の前で俯くYの花嫁姿にも手抜きはありませんでした。