細身なYに合わせたスレンダーラインの上品なドレスは、Nさんの趣味
でしょうか。胸元は露出させず、首もとではシルバーのネックレスが上品な輝きを
放っています。短い袖のあるフレンチスリーブに、肘までのシルクのロンググロ
ーブ。手には清廉な白いバラのブーケ。ドレスの裾は微かに床に触れています。
Yの表情は、頭上から被せられた半透明のベールによって遮られ、伺うことが
出来ません。
Yの側に立つNさんは、グレーのモーニング姿でにこやかに
微笑んでいます。Nさんが何事かを囁くと、Yが静かに顔を上げ、
ぎこちなく微笑みました。私は息を飲みました。潤んだ瞳に、紅潮した頬。
桜色に艶光る唇。その表情はまるで性的なエクスタシーの最中にいるよう
でした。
私は「綺麗だよ」と言いましたが、声は掠れていました。
Yは嬉しそうな、切なそうな表情で頷いただけでした。
程なくしてカメラマンがやってきました。
その若い男が三脚やレフ板などの配置をしていると、ホテルの従業員が3人
やってきました。どうやら訳ありで参列者のいない挙式の寂しさを埋めるための
ホテル側のサービスのようでした。(着付けなどを行ってくれたスタッフでした)
カメラマンの指示で、教壇の前でNさんとYが見つめ合っている
姿(参列者もそれとなく写りこむような構図)を撮影することになりました。
いよいよ撮影に入ろうとしたときです。Nさんが咳払いをすると、皆さん
少しよろしいですか、と前置きをしてから、「本日、私たちは、皆様の前で結婚式を
挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いをさせていただきたい」と声高らかに言っ
たのです。
続けて「私、NNはYを妻とし、精神的にも、肉体的にも、惜しみない愛情を注ぎ、
隔てる物のない夫婦⽣活を営むことをこの場にお集まりくださった皆様に誓います」
と続けたのです。長年校長職にあっただけあり、堂々たる宣言でした。
参列者がパチパチと拍手を始めました。
「素敵ね」と、宣誓文と、堂々とした態度のNさんを褒める言葉があちこちから
聞こえます。やがて、参列者の拍手が止むと、視線がYに集中しました。
Yは、この場の空気-祝福の暖かな空気に酔っているようでした。
Yの潤んだ瞳の先にはNさんしかいませんでした。Yははにかんだ
笑顔を浮かべると「誓います」と確かに宣誓したのです。
そして、祝福の空気の中、N夫婦の写真が撮影されました。
傍目で見ても、可憐で美しい花嫁がそこにいました。
祝福の拍手に見送られ、私達は教会を後にしました。