Nさんと初めて顔を合わせたあの日のことは今でも
はっきりと思い出すことが出来ます。
待ち合わせ場所は上野のコーヒーショップでした。
私達が恐る恐る店に入ってゆくと、奥の席で新聞を読んでいた
男性がゆっくりと顔を上げました。紺色のスーツ姿の男性は
中折れハットを取り、柔らかな笑みを浮かべ会釈をしました。
それがNさんでした。
緊張でこちこちになっている私達に向かって、
「無理にお呼び出ししてしまったようで申し訳ありません」
と、Nさんは詫びてくれました。
そして、左肩に比べ、右肩が下がっていることに触れ、
これは生まれつきで、このせいでスーツがすぐ型崩れをしてしまう。
と、自分の欠点をさらけ出すことでその場を和ませてくれたのです。
Nさんの姿は、長年教職にあった人だと一目で感じさせるモノでした。
銀縁のメガネに、昔の人特有のきっちりとしたスーツ姿。持ち物はサイドバック
でしたが、それも年季の入った革製のモノでした。
身に着けている物はどれも年代物ながら、きっちりと愛情を持って手入れを
されてきたことが容易に伺われるモノばかりです。
ロマンスグレーの頭髪を綺麗になでつけ、
常に柔和な笑顔を浮かべながら、ゆったりとした口調で話しをする。
言葉の一つ一つがこなれていて、人前に立つことに慣れているであろうことが
言わずとも伝わって来ます。
事前に写真の交換を済ませていたとは言っても、
やはり実際に見て、そして言葉を交わすのは感覚が違います。
しかしこの時は意外な事に事前に写真を見せられ、
こんな感じの人だろう、と思い浮かべていたNさんとさほどの
差がなかったのです。
それは気さくで飾らないNさんの人柄から来るモノかも知れません。