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分水嶺9

Nさんと”情交”したことで、Yの中でNさんに対する気持ちに大きな
変化が起きていました。Yは、彼が夫であることを身をもって受け入れた
-Nさんに対する大きな愛を抱いたのです。そして、避妊具なしで交わり、
彼の灼熱を膣奥で受け入れることで、彼の”妻”となることをY自身に対し
ても、そして私に対しても示していたのです。

それが情交を通じてYの出した答えでした。

Yが示した”答え”に対し、
「あなたはどの立場を選びますか?」と彼女は暗に私に選択を
求めたのです。

NさんとYの情交を思い浮かべながら相互オナニーをする
-つまり今までのように傍観者のままでいるのか。それとも、傍観者から
脱して、当事者たることを-Yの夫であることを選ぶのか。

そして私はYを抱きました。
その時はただ得体の知れぬ焦燥感から、NさんとYが情を交わした
”この場”で”この時”にYを抱かなければならないと、無意識にせき立てられ
ての行為でした。

今になって思えば、私は虫の知らせを感じていたのです。
Nさんに大きく傾いたYの気持ちと、そして逃れることの出来ぬ選択を
突きつけられたことを肌で感じたが故に、この場でYを抱かなければならない。
そのことを焦燥感として感じ取っていたのです。

むろん、こうやって理路整然と言葉に出来るのは、
後々時間をかけて様々な状況と照らし合わせた末だからこそ、
なのですが。

私が欲望のままにYを抱くことで、当事者であることを選んだ
-夫であることを示したからこそ、Yは自分の欲望を素直に晒して見せて
くれたのでしょう。その瞬間こそが、Yが真に枷から解放された瞬間だと
思うのです。

そして今、ふと思います。仮にあの時、相互オナニーをしていたら。
今までのように傍観者で居ることを選んでいたとしたら、どうなっていたのか?

…恐らく、Yは私の元を去っていたでしょう。
そして彼女はNさんの奴隷妻として過ごしていたに違いありません。
傍観者であることを選ぶということは、NさんとY夫婦を第三者の立場から
傍観することを選ぶことに他ならないのですから。

この結婚式はYがNさんの妻となる儀式でもあり、
同時に私が真にYの夫となる儀式でもあったのです。

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